斎藤一

無心に描く

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大馬鹿野郎は勉強中

「俺はバンドやるんだ」糞野郎だったので
たいして勉強せずの学生時代。

でも、高校で出会った社会の先生は、
教科書以外の資料を毎回見せてくれる人で
新聞を読む機会を与えてくれる人で
面白さの片鱗は教えてくれた。

学校教員の中で、朝一番早く車を止めてあって
一番遅くまで車があった人だった。
(そういう噂されていた。それがいいってわけじゃないけど、体のためにもネ)

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深く学ぶためには足を運びまくり、紙をめくりまくりの自力しかない。
モザイク!でスマン

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武士になりたいから京都へ行ったのはない。
(郷里には、建前で「頑張るよー」とは言うと思う)
ひたすらに、国の為だと思う。
昨今、震災や外交問題などを体感している現代の人なら、わかると思う。
脅威の中「出世したいぜ!」と思うだろうか。

近藤さんの誤解を解きたいんだああ!

にゃんごすたーああああ

ペプシ Jコーラ『怪物舞踏団』篇 60秒ver. 石川さゆり SUGIZO KenKen DJ RENA にゃんごすたー サントリー CM
にゃんごすたーかわいいかわいいかわいい
かっこいいいい!
ベースラインが分かる曲なら9割もう最高なんだ

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夢の中でも

夢の中でも本を片手にPCカタカタやってた。
ぜってーいいものを作っちゃるわい。

そもそも、私はなぜ斎藤一を描いているんだろうと考えた。
あれ?なんだっけ?

よそ様の新選組の創作物を拝見していると、斎藤一のキャラがしっくりこなかったからかなぁ。
「創作」だから自由なんだけど。

警視庁時代の写真で、ごつい人が斎藤一という噂(ご子孫は否定)になっていたけど
「向かって2つ左隣の両手を膝に置いて伏し目がちな人」がそうなんじゃないの?と勝手に推測。
きちんとしていて、無口であったらしいから。
記念の写真だからといって、ガン見したりアピールはしないと思う。早く終われーって考えると思う。また勝手に推測。

製作者っていうのは根拠がなくても、謎の「俺様一番」精神の負けず嫌いって大切だなぁ。
結果、どんどん「創作物」が生まれればいいんだものね。
本当は、まったく正反対で「自信の無いカタマリ」なんだけど。

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アネトン

お外に出れば花粉アレルギー
お家の中に居てもダニ、ホコリ、アレルギー
そして、食べ物を食べ始めれば何故なのか出てくる鼻水

ずっとティッシュが無ければ生活ままならない状態だったけれども
アネトンという鼻炎薬を飲むようになってから
普通というものの快適生活を送っている。

他の薬の副作用である「喉が乾き」が無いのだ。

アネトンを服用したとき「ぬ!効いてきた!」と分かるようになった。
脳みそにスイッチが入る。 
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徳川慶喜の大坂城脱出

最後の将軍が近代化の旗手?徳川慶喜の「大坂城脱出ツアー」

宮本裕次氏のご講演。
ああ、こういう方が居てよかった。ツアー行きたかったなー。

捉え方によって、全く変わってしまう、脱出のこと。
幕末について書かれていた数冊読んでみたけど「逃げた」「自分勝手」という解釈をされていた。

みなさんは「尊い」という感情を感じたことはあるだろうか。
「推しキャラ」に対してでもいい。

尊い推しの御印をかかげられて、あなたは戦えるだろうか?
推しの製作者まで、自分のことを名指しで宣戦布告してきたら。

踏み絵に近いものがある。

天皇崇拝は、最も尊敬する父である斉昭により教育されてきたものだ。
「どんなことがあろうとも、弓をひいてはいけない」
この絶望を描写している作品には出会っていない。
無宗教な方にも共感してもらえるものだろうか。私は大泣きした、そりゃ帰りたい(汗

斉昭が攘夷をすすめていたのは
ぐだぐだの幕府をどうにか改革して、引き締めたいからであって、
即外国人排除!というものではなかった。
早い段階から慶喜もそれを承知していて、いかに改革していくか悩んでいた。
「具体案」なんて、簡単には転がってはいない。

表向きの攘夷だとはいざしらず、各地で「攘夷!」となり
改革の足を引っ張ることに。賠償金とか。

「御三卿、御三家自ら政(まつりごと)をとりしきるものではない」とされていたものを
慶喜自らで行う。どう開国していくか。
「家康の再来」と言われているのは、それが理由。

戊辰戦争直前まで横浜開港についての交渉も頑張ってた。体調も最悪に。
そのタイミングで攻めてくるとかー。

まるで自分の事でも語ってるような擁護だなー(苦笑)

2つに割れた朝廷の真逆の神勅(命令)にも振り回されるしー。
とにかく、御旗掲げるのは、反則だよー。

いつの時代も改革は足を引っ張られるものだねー。

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